2015年1月6日火曜日

MODERNIST CUISINEの衝撃。

とうとうやってしまいました。ずーっとガマンしてたんですが、もう限界でした。何の話かというと、こちらの方の話です。



や、この方、マイクロソフト元CTOのネイサン・ミアボルドがやってきたわけじゃありません。やってきたのはこの人がプロデュースした巨大で超重い洋書の調理百科事典(のようなもの)。"MODERNIST CUISINE: The Art and Science of Cooking" です。



全巻セットの重量はAmazon.comの重量表示で52.2pounds(kg換算すると23.6775217 kg)。2Lのペットボトル6本入り2ケース分にも相当します。配達してくれたヤマトの兄ちゃんのあれほどぐったりした顔を初めて見ました。

概要は、こちら(http://www.fashion-press.net/news/3038 )。料理書です。アメリカでは2011年に出版されていて、ずっと訳書を心待ちにしていたのですが、3年たっても訳書が出ない。というわけで、しびれを切らしてロクに英語も読めないのに、6冊セットで500ドル以上もする洋書をAmazonで注文してしまったわけです。

注文後、Amazonから「誠に申し訳ございませんが、以下のご注文商品の入荷が遅れているため、やむを得ずお届け予定日を変更させていただきました。キャンセルも可能です」というメールが来て、「やっぱ(高いし)キャンセルしようかな……」とも思ったのですが、なんとか耐え忍びました。結果から言うと初志貫徹してよかった! コラムニストの石原壮一郎さんが、拙著『大人の肉ドリル』の書評の書き出しで「バカが書いたどうかしている本です。」と絶賛してくださいましたが、本当にバカでどうかしているのはこの本のほうでした。素晴らしすぎます。

そんな極厚×激重なセット本の各タイトルは、以下のとおり。
1.History and Fundamentals(歴史と基礎)
2.Techniques and Equipment(技術と機材)
3.Animals and Plants(動物と植物)
4.Ingredients and Preparations(成分と準備)
5.Plated-Dish Recipes((盛りつけ?)レシピ)
6.Kitchen Manual

中面を開くと、ビジュアル、テキスト、表組のすべてから(分子)調理科学の最先端を行ってやろうという気概がひしひしと伝わってきます。ビジュアルひとつとってもそう。そこかしこに散りばめられた顕微鏡写真は学術論文では見たことがないほど美しく、物理的にブッタ切った写真(熾きた炭火&食材込みのWeberのBBQグリル、肉を挽いている途中のミートミンサー、炒めもので鍋ふりしている最中の中華鍋)など、どうやって切ってどう撮影したんだ的ビジュアルは眼球への引力が半端じゃありません。


しかし何よりこの本がすごいのは、ここまで手をかけたビジュアルが、あくまで"釣り"要素でしかないところ。情報の濃度密度変態度((C)小石原はるかさん)が強力すぎるわけです。例えばこの本が出版された2011年3月時点では、USDA(アメリカ合衆国農務省)による豚肉の加熱基準は中心温度71℃とされていました。しかし"MODERNIST CUISINE: The Art and Science of Cooking"には、アメリカ連邦政府の"安全基準"である61℃1分など、その他の基準も紹介されています。


実は食肉の加熱基準はとても曖昧で、日本でも63℃30分と75℃1分が混在していたり(厚生労働省はこのふたつを「同等」と言っていますが、63℃30秒は75℃に置き換えると5秒相当に当たるはず)、誰が何を基準に言っているのかよくわからないということがよくあります。このシリーズでも1巻のP179にこんなキャプションがあります。

Some food safety rules have evolved to reflect that pork cooked at lower temperatures is safe; others have not. Most cooks and cookbook authors insist that the higher temperature is the only one that will eliminate contamination. They are wrong.
自分の英語力にまったく自信がないので、信頼度が高いとされる英訳サイトに貼りつけたところ、以下のように訳されました。
若干の食品の安全規則は、低い温度で料理されるポークが安全であると思うために進化しました;他は、そうしませんでした。大部分のコックと料理の本著者は、より高い温度が汚染を排除するただ一人の人であると主張します。彼らは間違っています。
意訳すると「食品の加熱基準は、古臭い高温基準と、豚肉に象徴されるようによりおいしく食べられる低温へと進化した基準がある。 多くのコックと料理書の著者は昔ながらの温度でないと食中毒の危険は排除できないというが、それは間違いだ」ということのようです。

そして因果関係はわかりませんが、この本が出た2ヶ月後、USDAは豚肉の加熱基準を71℃から63℃3分に改めています。ちなみに同書内では鶏肉の加熱基準も、USDA基準の「74℃(no time given)」という昔ながらの高温から、2007年に微生物学者のVijay K. Junejaが(サルモネラ菌を除去する温度の研究結果として)発表した「胸肉62.5℃4分17秒」「もも肉62.5℃5分28秒」まで、かなり細かくさまざまな機関が設定した温度基準が掲載されています。

そうした"安全基準"を前段に書いた上で、3巻の"Animals and Plants"には肉ごとに「レア/ミディアムレア/ピンク/ミディアム」の温度帯を記した表組が掲載されています(下部の「俺たちの好みの温度帯にマーカーを引いておいたぜ」というキャプションがなんだかアメリカっぽい)。表内では牛、豚、鳥、羊のほか、ダチョウやうさぎなどに至るまで「おいしい(と彼らが考えている)温度帯」にマーカーが引かれていて、しかも動物によっては部位ごとに最適温度が異なっています。例えば牛ならば、フィレ(ヒレ/ヘレ)は50℃、フランク(ともバラのもも側)56℃、ハンガー(ハラミやサガリ)58℃など。豚や鳥も複数の部位の加熱基準が書かれています。

それにしても! ざっと目を通してみると、訳書が出ていないのがあらためて悔しいしつらえ。だって本書内では築地市場も紹介されているし、各レシピ中には醤油(Soy Sauce)や味噌(Miso)も登場します。"YAKITORI"のレシピにはさらりと"Mirin"の表記も。ほかにも昆布やひじきなどの海藻類や、干ししいたけに舞茸など日本の食材がそこかしこに。なのに、なぜ日本語版が出版されないのか。

洋書を買ってしまった以上、訳書が出版されたとしてもほいほい手を出せるかという意地のようなものやサイフ事情もありますが、訳書につきものの誤訳&誤植探しという楽しみにたどり着くことのない語学力のせいで、きっと手に入れてしまうと思われます。何万出しても読みたいと思っている方、結構いらっしゃると思うんだけどなあ……。蛮勇あふれる出版社さんの挙手を心待ちにしております。

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